生きてみたいって思いたいし、おいしいものはおいしい

どうでもいいことも言葉にしてみたら楽しいかも

ありがとう寮母さん

(⚠︎虫を駆除する話です)

 

高校を卒業して就職した会社には寮があって、私はそこの4階に住んでいた。水回りやキッチンは共用で、ベッドと冷蔵庫と掃除機とトースターだけがある部屋だ。電子レンジを使ったり料理をするために共用キッチンに行ったりする寮生もいたが、私は抵抗があったのでなるべく部屋の中で、なるべく寮内で人に合わないように過ごした。

食事は自分の部屋で完結するのが第一だ。私は毎朝パンとヨーグルトを食べていた。パンはどんなものでも焼くのが好きなので、トースターがあれば無敵だ。ヨーグルトにはきなこをかけるだけ。私のきなこ愛は異常で、これもいつか書こうと思っているが、きなこをそのまま食べたりしていた。さすがにそのままだと食べづらいので、砂糖を少量混ぜる。きなこを買ってきて、砂糖を混ぜて、密封容器で常備。とんだカロリー粉だ。

キッチンも使わないし料理する機会もないので、部屋にある食料は冷蔵庫に入るものを除くと、醤油、塩コショウ、インスタント味噌汁、お菓子、砂糖、きなこくらいだった。それらをひとつのケースに閉まっていた。

 

ある日の朝いつも通り朝食を用意しているとき、アリが列を成しているのに気付いた。驚きつつ列を辿ると、窓の外、ベランダまで続いていた。砂糖だ。こいつら食料ケースの中の砂糖を見つけたんだ。それにしても、ハエやクモならまだしも、アリの、しかも行列の対処法は知らない。窓際から砂糖まで約2メートル。アリの数は……

ちょっと待ってくれ、そもそもここは4階だ。どこから引き連れて来たんだ。誰が見つけたんだ。ここに砂糖があるぞーって、誰が知らせたんだ。アリの大量駆除の知識は持ち合わせていない。

どうしようどうしようと焦っているうちに、出勤時間が迫っていた。一刻も早くアリを部屋から駆除し、仕事に向かわねばならない。焦る私が出した答えは_____

私は掃除機で行列を吸っていた。

今考えても寒気がするほど惨いことをした。酷く罪悪感を感じながら、ごめんなさい、ごめんなさいと言いながら、必死に掃除機を動かした。

問題が発生した。吸った後のアリはどうなるんだ。ゴミポケットの中で生きているだろう。どうすればいいんだ。時間がない、もう行かなきゃ遅刻する。焦る私が出した答えは_____

私はベランダでゴミポケットを一心不乱に振り回していた。とりあえず外へ逃がしたいという一心で振りまくり、アリを落とした。そしてゴミポケットも落ちた。4階から。

下を覗くと、ゴミポケットは寮の庭に落ちていた。しかしそこには寮母さんの部屋からしか行くことができない。何より私には時間がない。一瞬で判断しなくてはならない。

もうかなり乏しくなっている判断力で寮母さんの部屋へ走った。「アリが大量発生して掃除機で吸ったら掃除機の部品が落ちちゃったんです!どうにかしてくださいごめんなさい!!」と告げ急いで出勤し、部屋の安寧を祈りながら働いた。帰り道にアリ駆除スプレーを買った。

寮に戻ると、下駄箱に、掃除機のゴミポケットと「とりあえずは駆除しました。これ使ってください」というメモがはられたアリ駆除スプレーが置いてあった。

しかし一匹残らずというわけにはいかず、数日間アリとの戦いを強いられた。その度にスプレーを吹きかけたが、寝ている間に布団に入られたらと思うと寒気がして中々寝付けなかった。そういう日を繰り返すうちにアリはいなくなり、スプレーが2本目に差し掛かろうとする頃には平穏な寮生活を取り戻していた。

 

アリやその他の虫に対して苦手意識は薄いほうだが、本来いるはずのない場所に登場されると拒否反応が出てしまう。頼むから虫は外にいて欲しい。

今でもアリや掃除機を見ると思い出す騒動。そして思い出す度に罪悪感が込み上げてアリに謝るのだ。それしか償い方が分からない。あぁするしか無かったんだ。あの時の私は。